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いつまで経っても記録はホネである

カウンセリングの後に記録は必ずつける。

学生の頃はこの記録にものすごい時間を費やしていた。1時間弱のカウンセリングの内容を5~6時間かけて書いていたこともある。話された内容を細大漏らさず書こうとしたし、相手の表情、自分自身の感じたこと、考えたことなども書いた。時間もかかるし、分量もかなりのものになる。

あの頃、「もっと経験を積めば要領よく短時間でコンパクトにまとめられるようになるんだろう」と思っていた。確かに、あの頃よりは時間がかからなくなったし、文字数も少なくなった。しかし、それはあくまでも「あの頃よりは」である。今、私が書いている記録の分量は、かつての私が思い描いていた「コンパクトな記録」の3倍以上ある。具体的に言えば、Wordのデフォルトの書式設定で、A4用紙1枚半である。

もちろん、コンパクトにまとめなければならない時はある。しかしコンパクトにするためには、すでにある一定の枠組みを適用し、そこに収まらないものを削らねばならない。そのやり方によって新たな発見はない。もうすでに理解していることを忘れないように書き記すだけにとどまってしまうように思うのだ。

カウンセリングの最初から丁寧に話の内容を思い出して記録を書くと、時々、思いもよらない発見がある。話を聞いていたときには気づかなかったポイントである。一定の枠組みでコンパクトにまとめるだけの記録だと、そうした発見のチャンスを逃してしまうように思うのだ。

しかしその一方でこうも思う。カウンセリングの経験を積むということは、リアルタイムの発見が増え、記録をつけている時点で気づくようなことは減っていくということなのではないか。もちろん、そっちのほうが断然望ましい。つまり、記録が長くなるのは私の熟練度の低さを示しているのではないか。

そうかもしれない。しかし、記録をコンパクトにしたからと言って、その分、私のカウンセリングの集中力が高まるわけでもない。私の発見が増えるわけではない。むしろ、コンパクトにすることによって成長が止まるということはありうる。視野が広がらないから。

だから、時間が許す限り、私はこのまま長い記録をつけ続ける。

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