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暗渠の上の道

暗渠あんきょとは人工的に作られた地下水路である。

都会の暗渠の多くは地上からはわからないような状態になっているようだが、時々、上のイラストのような場所がある。コンクリートの蓋で覆われて、この下に水路があることがはっきり分かる。

歩道と水路が完全に重なっている場所。私はこういう場所に惹きつけられる。

私がそこを歩く時、一緒になって移動している暗渠の中の水を想う。そして、暗闇の中の水に、自分の影の部分を担ってもらう。

私達のなかには、光と闇があり、昼と夜があり、上と下があり、意識と無意識がある。こうした暗渠の上を歩くと、私は心の中のこうした両極が今ここに具現化されているように感じる。

“From the one-sided viewpoint of consciousness, the shadow seems inferior and is repressed; yet the repressed material must be made conscious to generate the tension of opposites, without which no forward movement is possible.”

一面的な意識の立場から見れば、“影(シャドウ)”は人格の劣位な構成要素と見なされ、そのため強い抵抗によって抑圧される。しかし、抑圧された内容は、〈対立項の緊張〉を生じさせるために意識化されねばならない。これなくして前進は不可能である。

本当は水を暗渠の中に押し留めていてはいけないということなのだろう。しかし、私はこの時、生きていることで必然的に伴う「対立項の緊張」を分厚いコンクリ蓋で守られることで少しだけ逃れている。

陽の光を浴びながらここを歩く時、私は、私の中の受け入れたくない何かを暗渠に封じ込め、踏みつけているようなかすかな安心感を覚えている。

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