
2026年の夏は東北地方を旅行した。
8月11日には台風15号が茨城県南部に上陸し、その後は数日間、東北でも太平洋側は天気が悪かった。そのため、今回の旅行は結果として日本海側を巡ることになった。
東北はこれまでにも何度か旅行したことがある。かつては温泉を巡ったこともあった。
東北の温泉は良い。関東に住んでいる私には名前すら聞いたことのない温泉でも、実際に行ってみると泉質が良かったり、風情のある温泉街が残っていたりする。自然も豊かである。東北は良いところがたくさんある。おすすめである。
男鹿半島の「なまはげ」
今回の旅では、主に文化遺産を巡ってみることにした。その一つが、秋田県の「なまはげ」だった。
「なまはげ」は秋田県の中でも男鹿半島だけに残っているものである。男鹿市内だけでも集落によって面も衣装も、なまはげの振る舞いもかなり違うらしい。そしてなまはげ館の公式サイトによれば、現在も大晦日には男鹿半島のほぼ全域で行われている。
私が行ったのは、男鹿真山伝承館である。
ナマなまはげ
男鹿真山伝承館では大晦日にしか見ることのできなかった真山地区のなまはげを、観光客向けに実演している。2026年8月のスケジュールを見ると、30分おきに、1日に13回やっている。なまはげもなかなか大変である。
舞台である伝承館は、男鹿地方の昔ながらの曲家(まがりや)と呼ばれる民家である。観客は畳敷きの和室に案内され、そこで「なまはげ」がやってくるのを待つ。時間になると外から騒々しい音が聞こえてくる。木製の戸が暴力的にドンドンと叩かれる。
そして、「ウォー!」と、なまはげが怒鳴り込んでくる。なかなかの迫力である。私は幸運にも、なまはげさんの定位置にもっとも近い場所に座ることができたため、「怠けずに働けよ!」と、バシバシと何度もしばかれた。
査察にやって来る!
なまはげは本来、子どもだけを怖がらせる鬼ではない。その家に住んでいる者たちが、この一年ちゃんと働いていたのか、怠けていなかったのかを査察に来るのである。
「なまはげ」という名前も、怠け者と関係している。寒い冬、囲炉裏端に長く座っていると手足にできるヤケドを、男鹿では「ナモミ」という。そのナモミを剥ぎ取る「ナモミ剥ぎ」が訛って「なまはげ」になったといわれている。囲炉裏端にずっと座ってナモミを作っているような人間は、働かない怠け者である。そこでなまはげがやってきて、怠け者を探し回るのである。
主人は、このなまはげを酒と料理でもてなす。そして、なまはげと主人とのあいだで「問答」が始まる。なまはげが、「この家の者はちゃんと働いているのか」という趣旨のことを問いただすと、主人は、「みんなちゃんとやっている」と家族をかばう。これが真山地区に伝わるなまはげのスタイルなのである。
「泣く子はいねがー」
テレビで見るなまはげは、たいてい、「泣く子はいねがー!」「悪い子はいねがー!」「ちゃんと勉強してるかー!」と、子どもをばかりを集中的に襲うタイプである。泣き叫ぶ子ども。必死に親にしがみつく子ども。それを追い回すなまはげ。「なまはげ」と聞いて多くの人が思い浮かべるのはこちらだろう。
しかし、これは「なまはげ」の本来の姿ではない。真山神社の武内信彦宮司によると、もともとの「なまはげ」は、家族みんなが力を合わせて一年の農作業をしてきたかどうかということを確認する行事だったという。
ところが戦後になると、子どもが怠けないようにする、家の手伝いをさせる、といった教育的な意味が目立つようになった。有名な「泣く子はいねぇが」は、その典型だという。この話はこちらの記事に出ている。
なまはげの権威失墜
戦後、共同体の力が弱くなった。地域の神に対する信仰も弱くなった。なまはげの役をするのは村の若者なのだが、「面をかぶったら、そいつはもう近所のタゴサクではない。神の化身である」という約束事も、昔ほど強力ではなくなったのだろう。
すると大人に対して、「お前、ちゃんと働いてるのか」「最近怠けてるんじゃないか」などと言うのは、だんだん難しくなる。下手をすれば、「おめだって、えらそうなごど言ってらども、酒ばっか飲んで、なまげでるべ!」と言われて、なまはげが返り討ちに遭う。
現代社会で、近所の人間が面をかぶったからといって、他人の生活にずかずか踏み込んで「お前は怠け者だ」などと言えば、普通にマジギレされる可能性がある。
そこで残された相手が、子どもだったのだろう。子どもなら怖がってくれる。「お母さんの言うことを聞いているか」「勉強しているか」と言っても返り討ちに合わない。
つまり、子どもだけを襲うタイプのなまはげとは、権威が失墜したなまはげなのである。こうなってくるとなまはげは、本来の「教育係としての親」をなまけさせてる可能性さえ見えてくる。
本来のなまはげ
しかし、男鹿真山伝承館で見たなまはげは、そうではなかった。私が見た実演では、祖父、祖母、父、母、息子という三代の家族が設定されていた。そして、祖母も、父も、母も、息子も、全員が俎上に載せられる。「あいつはちゃんとやっているのか」「こいつは怠けていないか」となまはげが問いただす。そして主人である祖父は、それをかばうのである。これは単なる観光用の脚本というわけでもないようだ。
2019年に真山なまはげ伝承会の会長だった菅原昇さんは、大晦日の行事では、なまはげと家の主人が家族について話す「問答」が必ずあり、誰かに悪い行いがあればなまはげが注意する一方、主人は必ず家族をかばうと説明している。さらに、必要であれば主人本人に対しても、「オヤジ最近酒飲みすぎだ」「タバコ吸いすぎだ」などと言うという。これについてはこの記事に詳しく書かれている。
どおりでおっさんの観光客もシバかれるはずである。
なまはげは、子どもの教育係ではない。家族全員をターゲットにする。場合によっては家長まで叱る。家長がかばう役割を担うのは真山地区だけに見られる特徴のようだが、ターゲットが子どもに限らないというのは「男鹿半島のなまはげ」においてはかなり普遍的だったようである(なまはげ覚書)。
優しい世界
もし、家に引きこもりの人がいたらどうだろうか。現代の引きこもりの人にとって、なまはげのような存在は、もっとも恐ろしいタイプの存在だろう。家の中に閉じこもっていても、勝手にやってきて戸を叩く。大声を出す。「お前は何をしてる」と聞いてくる。
これは引きこもっている人にとってはもっとも恐ろしいタイプの存在だ。しかし、この現代でなまはげの役割を遂行できる者はいない。それが現実である。
ただ、なまはげが本当に神の化身として受け入れられ、山あいの小さな集落がほとんど世界のすべてだった時代には、それはちゃんと機能していた。
なまはげは「お前もこの村の人間だ」「お前のことも見ているぞ」と、強引にその人を共同体の中に引き戻す。なまはげのやっていることは、かなり乱暴である。しかし、放っておくこととは正反対である。
「お前がどうしているのか、こちらは知っている」「お前もこの家、この村の一員なのだから、放ってはおかない」ということである。現代人から見れば息苦しい世界であるが、誰かが共同体から外れかけたとき、そのまま見えなくなってしまうことを許さない世界でもあった。
現代の私たちは、地域の共同体と自分とを切り分け、一人の個人として生きる。それがおそらく進化の方向であり、もはや後戻りはできない。しかし、そうした社会においては、誰かが共同体から外れていっても、周囲が手を出せなくなる。そうした現代社会では、なまはげは成立しにくい。だから最後まで相手にできたのが、純粋に怖がってくれる子どもだった。
しかし、「真山のなまはげ」からは、その失われた過去の世界が少しだけ見える。
家の外から神がやってくる。家族ひとりひとりの一年を問いただす。怒鳴り、酒を飲み、最後にはその家の無病息災や豊作を祈って帰っていく。
それは、人を放っておかない共同体における神の姿である。荒っぽく、息苦しいが、同時に、とてつもなく優しい世界でもあった。
