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「森」と「青木まりこ現象」

子供の頃、大人と一緒に山に行くことがあった。鬱蒼とした森の中に入ると必ずうんこがしたくなった。それを言うと、大人は困った。山にトイレはない。当然、そこでする以外になかった。たぶん、小学校に入る前までのことだったと思う。

小学校以降は、本屋や図書館に行くと、そこでもうんこがしたくなった。この、本屋で起きるのが狭義の「青木まりこ現象」である。もちろん、その頃はトイレに行った。しかし、私の場合はCDショップでもそれが起きた。さらに、釣りが趣味になって釣具屋に行っても同じことが起きた。

青木まりこ現象については数々の仮説が立てられているが、決定的なものは未だに見つかっていないらしい。「活字が苦手な人が沢山の本を見て体が拒否反応を示しているのではないか」などという者もいれば、逆に「本見て安心することで便意を催す」のではないかとか、あるいは「トイレがない状況で行きたくなったらどうしようというプレッシャーが、かえって排便への意識を強めてしまう」という説もある。

しかし、そもそも活字が苦手な人は本屋には行かないだろうし、安心すると便意を催すのであれば、布団に入った時に便意を催す人が続出するはずである。また、トイレのある本屋もある。

私に関して起きるこの現象の原因を解明するには、私が便意を催した「森」「本屋」「図書館」「CDショップ」「釣具屋」という環境の共通項を探せば良い。

私が初めてこの現象を体験した「森」。そこにはたくさんの樹木があり、それら一本一本が、幼い私よりも遥かに長い歴史を持って私を取り囲んでいた。さらにそこには、先の見通せない、未知の、薄暗い、広大な空間が広がっていた。

その次にそれを体験した書店と図書館では、自分の背丈よりも高い本棚に沢山の本がびっしりと並んでおり、その一つ一つの背表紙の向こう側には、全く異なる論理と宇宙が広がっている。CDショップも同様だ。プラスチックケースの一枚一枚に、全く異なる感情と時間の流れの世界が広がっている。 書店もCDショップも、無数の未知の外部世界が何万と並べられた「多次元宇宙の森」であるといって良い。

釣具屋も同じである。釣り竿・リール・様々な仕掛け・様々なルアーの向こうには、底知れぬ深さを持つ海をはじめとする大自然と、野生の魚という、巨大な「未知」性が広がっていた。

私が便意を催したのは、そうした「未知の世界の無限の広がり」が私を圧倒し、さらに私の中に流れ込んだからである。私にとってそれは興奮を伴うことであった。そしてそれらが私の体の中に充満し、何かが決壊した時に、便意という物理的な決壊現象として現れた。そんなふうに感じられるのである。

(追記)

そして、この「青木まりこ現象」はどうやら世界的に観られるもののようである。以下の記事だ。

Doctor reveals medical reason why you have the sudden urge to poop while shopping

内容: イギリスのサイト。胃腸科医がTargetやWalmart、Barnes & Noble 日本の青木まりこ現象に触れながら、(大型書店チェーン)での買い物が便意を引き起こす医学的な理由を解説し、バズったことを報じた記事。

Why You Feel the Urge to Poop When You’re Shopping, According to a Doctor

内容: 医師の解説をベースにしつつ、記事内で明確に「これは日本で Mariko Aoki phenomenon と呼ばれているものだ」と言及している。医師の解説自体は相当いい加減ではあるが、現象はアメリカにもあるようだ。

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